竜珠公主伝



司馬羽、字は琳珠。竜珠公主ともいう。
晋武帝・司馬炎の側室の娘で、たくさんいたという皇女のひとりである。
幼少の頃より病弱で、彼女の為に作られた棺は数え切れないほどある。
容姿端麗で、天才的な知性にめぐまれ、そのせいかどうかはわからないが、父・武帝に溺愛された。

しかし、彼女にはもう一つの能力があったという…。
竜珠が生まれる前、彼女の母親・理は夢を見た。

仙人のような女と話している夢を。

「そなたこそ我が娘を預けるに相応しい…」

そう言い、女は宝珠のようなものをの腹にそっと押し当てた。それはなんとも不思議な事に理の腹の中をすりぬけて入っていくではないか。

「そなたの腹を借りて我が娘が現れるであろう…我には手におえぬ者じゃが、そなたなら立派に育ててくれるであろう…頼んだぞ。」

お待ちください、と理が言ったと同時に女は姿を消し、しばらくして理は目を覚ました。

「なんなのだろうか…一体…。」

妊娠するなんてことがあるわけがない。

彼女はそう思った。なぜなら、武帝の彼女に対する寵愛はうすく、彼女のもとを訪れることも稀だったからである。
しかし女の言葉通り、やがて彼女は妊娠し、女の子を産んだ。
産まれた女子は阿憐と名付けられた。


この赤ん坊は産まれた時から特異な特徴を示していた。

産まれた時に産声をあげなかったし、息をするばかりで感情表現が無く、まるで人形のようであった。
これを気味悪がった武帝の側近たちは、こっそりこの赤ん坊を殺し、公式には病死として発表しようと企んだ。


阿憐を連れ去るべくどかどかと侵入してきたもの達に理は激しく抵抗した。腹を痛めて産んだこの子を奪われてなるものか、と。
しかし、力ではかなわず、赤ん坊は侵入者達に奪われてしまった。



侵入者達が赤子を手に入れ、部屋を出ようとしたその時、彼ら全員が

「我が娘には指一本ふれさせぬぞ!」

…という声を聞いた。 振り返り、母親のほうを見るが、母親は泣いているばかりである。

…空耳か?

彼らが首をかしげていると、彼らに異変が起こりはじめた。
何故か彼らの手の力がどんどん抜けていくのである。
彼らのうちのひとりが阿憐をとり落としてしまった。
他のものが再び阿憐を抱きかかえようとしたが、誰もそれを再び抱きかかえることはできなかった。

彼らはとうとう諦め、退散していった。

母親が再び抱きかかえると、阿憐はきゃっきゃっ、と笑った。
その後阿憐はどこにでもいる普通の子供と変わりなく成長していった。

阿憐は5歳のころには全ての経書を暗誦できるほどの知性の持ち主だった。それに加え、病弱である事もあって、父にはよく愛された。

しかし、阿憐は成長するうちに、異界のものを呼び出してそれと会話することが多くなっていった。
それを知るのは父・武帝のみであった。

…このことを気味悪がってまた阿憐を除こうと企むものが出ないとも限らぬ。

武帝はそう考えていた。
そして、阿憐にこのことを秘密にするように言うのであった。

阿憐は成人し、司馬羽(字・琳珠)となった。皆は彼女の事を「竜珠公主」と呼んだ。
「…立派な葬式であったな」

竜珠が諸葛桜を見て言った。

「これだけ立派な葬式をやれば、晋に逆らう者もいなくなるでしょうね」

桜が相変わらず無愛想な口調で言った。


今日は安楽公・劉禅の葬儀である。
劉禅はすでに高齢であり、その死も予想されていたものであった。
しかし、何故だろう、いつも無愛想な桜の表情が今日は少しやわらいでいるように竜珠には思えたのだった。

「姫様、お体に障ります。早く宮廷へ戻られますように」

そう言うのは竜珠の護衛官・姜露である。

「そうじゃな。…父上もうるさいだろうしのう、戻るか。桜!帰ったらまた話を聞かせて欲しいのじゃ!」

桜は頷いてこう言った。

「わかりました、姫」
諸葛桜は侍医兼竜珠の教育係である。

はじめて会った頃は皇女である竜珠にも非常に無愛想な態度であった。
しかし、何度か話をしていくうちにお互い打ち解け、桜の性格も丸くなりつつある。
…少なくとも竜珠はそう確信していた。

竜珠は桜に本を読み聞かせてもらうのが好きであった。
特に史書が彼女のお気に入りであった。

桜が語る亡国の物語…。

「相変わらずいい声じゃのう…」

竜珠はウットリしながら桜の声に耳を傾けた。

いつもこの時には彼女の頭の中にはいくつかのイメージが浮かぶ。
それは想像ではなく、彼女の頭の中に勝手に入ってくるものであった。


それは歴史の一場面のような。
そうでないような…
過去のような…
未来のような。
乱世を戦った女たちの知られざる記憶。
その中には桜らしき女の姿もあった。露らしき女の姿もあった。

竜珠はそれらの場面を覚えているかぎり紙に書きつけた。いつしかそれが日課となっていった。
もしかすると、彼女の不思議な力の一端だったのかもしれない。


…今日も来るのだろうか?

じっと待つ。

…来た。

竜珠はそっと目をつぶり、心の声に耳をかたむけた…。
…「ダメです!香壇殿!今は退きましょう!」…

…「離して、儁乂!遺体だけでも取り返しに行くのよ!」…

…「どうかお気をたしかに!」…

…「妙才ーーーー!」…
…「久令殿…そなたの夢を聞かせてほしい」…

…「夢?そうね…あちきの夢は…天下が統一されて…漢の天下が戻って…伯約とそんな平和な世界で暮らしたいな。」…
…「ボクは父様と母様に…会いたい。でも、無理なんだよね。」…


…「伯益の…バカ…っ!なんで先に逝くのよ…」…


…「この陸風胤、殺されても未練はありませぬ!ですが、陛下にはなにとぞ後継者の件、お考え直しのほどを!」…


…「おやおや、剣を鍛えて欲しいと?やれやれ…」…

…「お願いします!それはボクの父様の形見の剣なんです!」…
…「そう…。」…


「おじさまの研究を完成させたかったのか……それとも『奴』を殺したかっただけなのか…?」…


「…おい。聞いておられるのか?」

桜の声で竜珠ははっと我に返った。
彼女はこう思った。

このまま生きていられるなら皇女の位を捨てて史家として生きたい。
そしてこのことを…(確信はもてないが)…後の世に伝えていこう。
竜珠の体調が良くない。
彼女は衰弱し、ついにベッドから起き上がれなくなった。
ここのところ「『母上』が迎えに来る」という言葉を繰り返してばかり。
しかし、竜珠はあくまで桜に話をせがんだ。

「今日は少し体調が良いのでいいものをみせてやる。桜と露だけ、特別じゃぞ」

そう言うと、竜主は手をかざした。

と、無から人のような…しかしどことなく人ではないようなものが出現した。

露は現れたものを見ると非常に驚いたが、桜は動じなかった。

「…気味悪く…ないのか?」

逆に竜珠のほうが驚いたほどである。

「どうせ自然現象の加減でそうなったのだろう。私はそういうのを信じない主義なのです」

「そうか…皆は気味悪がるそうじゃ。だから父上にもこのことは秘密にするように言われた」

竜主は哀しそうに言うと、話を続けた。

「でも、桜が驚かないなら…安心したぞ。こうして自然界の精霊と語り合うことがどうしてダメなのじゃろうな?」

そして、竜珠は手を下ろすと同時にその『もの』は消滅した。

「おぬしらに知ってもらいたかったのじゃ…わらわの全てを。話す事がある。露、近う寄れ」

露が近づくと、竜珠は耳元で何か囁いた。露は聞き終わると、青ざめた表情になって戻ってきた。竜珠は手で桜をさしまねいた。そして、こう言った。

「そなたとともにいて、わらわはとても楽しかったぞ。わらわの命数はもう尽きようとしておるが、この床(ベッド)の下にわらわが書いたある書物がある。これを後の世に伝えよ。決して紛失してはならぬぞ。…最後の命令じゃ」

言い終わると、桜は答えて言った。

「わかりました。ご遺命、必ず実行いたします」

その言葉を聞くと、竜珠は眠るように目を閉じた。
彼女はそれきり、目を覚まさなかった。

竜珠が著した書物は正史の一部として採用されることはなかった。

しかし、諸葛桜はそれを一生涯にわたり守りつづけ、没する直前、それは彼女の養子に託された。
その養子がまた人に伝え…




こうして今に至っている。

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